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車窓から

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 今日は皆さんと動画を共有したいと思います お馴染み、記事が無い時の『他人の褌で相撲を取る』作戦(笑) 動画はコンゴ民主共和国の首都キンシャサを走る列車の前面展望映像です 日本の戦中、戦後でもこんな光景は見られなかったんじゃ無いか? そんな景色が延々と映し出されています。 観終わって何を感じるのかは人それぞれ 私の場合 優越感でも悲壮感でもなく 只々、出る言葉は『凄い!』の一言 何が凄いのかは自分でも分からない しかし『凄い!』 人々の生きる力が、逞しさが・・なのか そんな凄さの車窓風景 で・し・た・・

蓮の花

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 大分時間が経ってしまいましたが 桔梗寺の写真がまだ残っていましたので貼って置きます。 なんだかなぁ~の気持ちで園内を抜けると 落ち込んだ気持ちを和らげてくれる様に目の前に現れるのが蓮の花 桔梗寺のもう一人の主役、蓮の花の写真です。 入り口で受付のお母さんにこの写真を見せ 『これが今日一番の収穫』と口走ってしまい ビミョーな空気になったので慌てて逃げ帰った(笑) 今年の桔梗寺巡り で・し・た・・

桔梗寺 2026

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 6月30日とやらで 今年も半分が過ぎました 折り返し点に立って思うのは・・ な~んにも有りません(笑) 『今年は台風が多そうなんでヤダなぁ』位か? そんな折り返しの日、行って来ました桔梗寺。 境内、園内の様子は改めて紹介するまでも有りませんので 今日の様子だけ貼って置きましょう。 女郎花に止まる蝶の姿や (女郎花の場所までは入れないし花も咲いていない) 2018年の女郎花と蝶 本堂裏の桔梗の丘が見られなくなっていたのが (アジサイに代わっていた) 可睡ゆりの園や逆川のゆり、花鳥園などと同様 『なんだかなぁ~』の仲間になってしまった気がした 久しぶりの桔梗寺巡り でした・・

裸の王様

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 先日、ニュース映像を引用しながら AIとの向き合い方を考える記事を書きました。 今回もそのAIのお話 私が良く行くYoutubeチャンネルに『パソコン博士TAIKI』と言うチャンネルが有ります ここで錆びついた脳ミソに知識を補充しようと無駄な抵抗を繰り返しているのですが 今回の動画は、先日アタシの提案した『AIとの向き合い方』をより掘り下げた興味ある動画でした。 動画内では『答えが一つではない質問』に対する検証がされていましたが 改めてAIを使う姿勢、資質が問われ 人類総裸の王様化(笑)に対して身につまされる想いがしました。

安心と不安

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 今年は車検の年でもあり 年金生活極貧老人は極力支出を控え 趣味(笑)の『ネットショッピング』も我慢を強いられている しかし、忘れた頃にAmazonからの荷物が届く事も有る。 先日届いた袋を開ければ中から顔を出したのは ハイこちら↓ ゴミ袋 そうです、浜松市指定のゴミ袋をネットで購入と言う笑えない話 昨今、どこかの誰かさんの気まぐれで石油の流通が滞り ナフサ不足とやらでホームセンターやドラッグストアなど 何処へ行っても棚から指定ゴミ袋が姿を消した。 浜松市では9月末まで半透明の袋で代用できる措置が取られているのですが その後どうなるかは未定。 そんな中見つけたのがAmazon様の浜松市指定ゴミ袋 いや~これで一安心 ではありませんね 『こんなご時世になってしまったんだ』と、不安の方が大きい 久しぶりのネットショッピング で・し・た・・

最後の登り

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 そう言えば、法多山の残りがまだありました。 本堂には、普段だったら階段を使うのですが 今回は階段を諦め『だらだら坂』コースを選択 しかし これが思いのほか厳しく、何度も休憩が入ってしまう(笑) やっとの思いで辿り着いた本堂 お目当ては当然風鈴です 沢山の風鈴を目とカメラに収め下山開始! 若かりし頃、山歩きなどに誘われ身の程も弁えず付いて行ったものの 体力不足で仲間に迷惑掛け放題 (/_;) そんなアタシも下りになるとエンジン全開!人間が変わる 登りの時には想像もつかない程のスピードで下り始め 仲間を待つ事無く誰よりも早く登山口にご帰還と言う 思いやり皆無で自己中人間の本領発揮! そんな性格がこの歳になっても残っていたようで 遥か後方に老婆を置いてけぼり~ <m(__)m> 改めて性格の酷さを確認した『脊柱管狭窄症』症状確認の外出 美しい風鈴の音に癒されたいと願う、こころ醜い因業ジジイ で・し・た・・

法多山 その2

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 次の目標を団子茶屋と決めゆっくり歩き始めると 眼に入って来たのはアジサイの花 垣根の向こうでパラソルと並び咲くアジサイを一回りし 階段を登れば目的地のだんご茶屋。 お店の前にも パラソルの色が影を落とし 再び『ここで良いにするか?』の弱音が漏れる(笑) 風鈴の下、記念撮影に余念がないワンちゃんたちに励まされ 最後の階段を目指すも 今回はここで挫折、階段登頂を断念(/_;) 引き返そうと横を見れば だらだら坂が『こっちから行けば?』と誘い掛ける 今年の目標『法多山の階段を2段ずつ登る』は夢のまた夢 今日はこの坂を行きましょう・・ に続く(笑)

法多山2026初夏

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 足の調子が思わしくなく長い間外出できなかったのですが 少し楽になった気がしたのでそれを確かめに法多山まで出かけます。 9時、山門前に到着 門の前ではカラフルな『てるてる坊主』達がお出迎えです 見ごたえのあるてるてる坊主様を眺めていたら ここだけで充分かも・・に気持ちが揺らいだのですが 弱気な気持ちを奮い立たせ 行けるとこまで行こうと頑張ったお話はまた後日

ニュースに想う

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 18歳の若者が自分の今後の行動、するべき対応をAIに訪ねた と言う報道が世間をにぎわせている 自分も頻繁では無いがAIを利用する身として他人事では無い。 今の時勢、当然起こりうる事象だと思が、よくよく考えれば『おや?』と思ってしまうのも事実だ。世捨て人の私から言わせれば『それって占いと同じでは?』になる 自分の将来、行動、正しい選択肢を他人に求める まるで占いそのもではないか 私の個人的な考えではあるが、AIとの付き合いは『知識の習得』に抑えるべきだと思う。 例えば、私の場合はこんな質問をする 『画像の回路はR3を流れる電流を求める問題なのですが、これを解くときテブナンの定理ではなくミルマンの定理は使えないでしょうか?出来るとすればその解き方を教えて下さい』 つまり知識のみの答えに期待をする質問 理論として現実に有るもの、且つ自分の中に知識として存在しない事柄を訪ねている。 立場や環境、心境などによって質問に対する答えが違う事象は AIに質問すべきではないと勝手に思い込み使わせて貰っている。 目的が明白である行動は過去の経験や自身の知恵により選択されるものだと思う。 依って今回の行動は知恵の範疇であり知識としてもたらされるものではないのではないのか 今回の場合AIに訊くべき事柄は【知識】つまり今置かれている立場に於いてどう行動し、それによってもたらされる自分への影響等を知識として訪ねるべきだったのではないか? そんな風に思えて仕方ない。 AIに質問すると言う今回の出来事を皮肉にもAIに質問してみた。 以下が私とAIとのやり取りです AI自身がどんな風に今回の事を感じているのか、大変興味深い回答でした。 ********************************************************************** 私『今、わが国では親から暴力を受け、それに対する対応をAIに質問、回答通りに行動したところ、質問者本人の意に反し警察沙汰にまで発展。 父親が逮捕されてしまったと言うニュースが注目を集めています。 この件についてAI本人がどんな考えを持っているかお聞かせください。 勿論、件のAIはこちらとは別のAIエンジンです。』 -----------------------------------------------------...

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